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母と息子の再会 [働く母]

母と息子が離れ離れになって、3週間。
1ヶ月も経たないうちに息子に会いたくなり、週末に掛けて少しでも会いたいという思いで、上海空港を飛び立ちました。
離れる前は、2歳の息子が泣きじゃくり”ママ~”っと泣き叫ぶ姿を想像していたのに、あっさりしたもので・・・寂しくなったのは母である私でした。
一日が過ぎる度に母性愛が増し、日を重ねる毎に弱るのは母の方。

毎日実家のお祖母ちゃん電話して、息子の様子を聞くと、「元気よ~!ご飯もよく食べるわよ~!」元気なことは嬉しいけど、ママを必要としてないのかな?という違う意味で、私が寂しさを感じたり、”あーなんて私は勝手なのかしら・・”と、自己嫌悪。

3週間ぶりに会った息子は、風邪を引いてちょっと目が虚ろだったけど、満面の笑顔で両手を広げて迎えてくれ・・・母と息子の抱擁!
ぎゅっと抱きしめた体は小さくて、ギュっと抱きしめると”グエッ”と息子の苦痛な声が・・・あっ思わず力一杯締めすぎ(;´д`)!!
こんな小さな体で一生懸命頑張ってる。そう思っただけで涙が溢れ、涙涙の再会だったのです。

お祖母ちゃんの前では、甘えをみせず、逆に強がって私を叩くのです。
それはきっと、”何で置いていったのさー!”(`・ω・´) と、いうような、怒った様子で私に訴えていたのかも。
時間が経つにつれ、滑り台に乗って、滑れるようになったよ。と言わんばかりに披露。 
保育園に行って覚えた遊びを見せてくれて、鼻歌まで聞こえてきました。
すると、歩きながら”タイタ~イ♪タイタ~イ♪”と調子よくなって、以前から私を”ママ~”と呼ばず、心配した時期があったのですが、まさにその頃に逆戻り?!
<”タイタイ”とは、中国語で”太太”と書いて、”奥さん”という意味です。>
上海では、保安員の門番さんや周りの人々が、私を”(タイタイ)奥さん”と呼ぶので、息子まで”タイタイ”と呼ぶようになったのです。
懐かしい響き・・・と思いつつ、いやいや困っちゃったわ・・タイタイ=イコール”ママ”の事。と理解して呼んでるのかな?っと、ちょっと複雑。

2泊3日のあっという間の、母と息子の再会。
夜は二人で寄り添って、夜中に咳き込む息子が心配で、背中をさすってあげると、息子も小さな手を差しだし、二人で手を握りあって眠りへとつくのも束の間。
翌朝、上海へ飛び立つ時間になり、車に息子を乗せ、空港へ向かう車の中では一点を見つめ、何か考え事をしてるような様子で息子も黙り込んでしまい、重たい空気が漂う。
息子に”もう少し頑張ろうね。またすぐに帰ってくるからね。”と、声を掛けて母独り、上海へ帰りました。

あれから10日が過ぎ、幸いにも9月末から10月初旬、中国では「国慶節」という祝日になります。
1週間のお休みになるので、夫婦揃って息子に会いに帰れるのです。
保育園の運動会にも重なり、息子の元気に走る姿を見れます。一生懸命、運動会の練習をしているそうで、初めての運動会は心から楽しみです。
離れてみて、より一層分かった事、それは、母親と子供、それは父親以上に離れられないものなのかもしれません。 独身時代に比べ、息子が居ないだけで、何かをする気力が失せてしまい、楽しさを感じられなくなる。やっぱり家族の力は大きいものです。


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上海で働く母!その2 [働く母]

中国では共稼ぎは一般的で、子供はお祖父ちゃんお祖母ちゃんに託す。公園や街中ではお祖父ちゃんお祖母ちゃんに手を引かれて遊ぶ、そんな光景が多く目に留まります。 

子供を連れてお店に立ち寄ると、必ずといっていいほど店員さんに「子供は何歳?」「私にも同じぐらいの子が居るのよっ」と声を掛けられます。彼女は私に言います。「何で働かないの?」「働けるうちに働いた方がいいわよ」・・と、見知らぬ人ですけどね(笑) 
私:「働きたいけど、子供と離れるのは寂しいし・・」店員さん:「子供の成長は早いわよ!」私:「寂しくないの?」と店員さん:「有所得就有所失」←一つ得れば一つ失う。「どちらかを選ばないと・・。」
はあ、、、やっぱり中華な女性はしっかりしてるな。と同時に、私のもやもやを吹き飛ばしてくれたような気がしました。 
仕事から離れ、約2年半、年齢も増す毎に、子持ちでの再就職は年々狭まるばかり。
焦る気持ちと、育児、主婦業をどうこなせばいいのだろうという思いが高まり、行動できずにたたずむ私でしたが、子供の成長と共に、私自身も前進してみようと思えるようになってきたのです。
人に恵まれ、再就職が決まった母ですが、いざ、子供をどうするか?という一番の課題に、最初からつまずいてしまったのです。
保育所に預け、アイさん(中国ではお手伝いさん)に迎えに行ってもらい母が帰宅までの間、べビーシッターをしてもらう計画でした。でも、最近雇っていたアイさんは、この状況を見て、直前になり条件を更に要求してくるようになったのです。 前もって仕事を受ける前に要求してくれれば考える余地もあったけど、こんな直前で態度を変えるようなアイさんは「要らない!!!」こんな人に子供を安心して託せないわっ!!と鼻息荒くなりましたが、即刻クビにしちゃいましたっっ。。。 人が困っている事を逆手に利用しようとする、そんな人12億の中にいくらでも居るのでびっくりはしなかったけど、妥協なんて出来ません。妥協するぐらいなら育児に専念します!

で、また最初に振り戻し。でも、就職日までの時間は一刻と迫り、久しぶりの仕事復帰での精神面と、育児への不安という色々な角度で精神面の負担が想像以上に大きかったのです。
だからといって、ここで諦めず、最後に相談したのは、私の両親でした。
1ヶ月上海へ来てもらって、落ち着くまで。と・・・話してみると、「お母さんが言葉も分からない上海へ行くより、あなたが落ち着くまで日本で預かってあげたほうがお母さんも精神的に楽だから」と、快く受け入れてくれたのです。 「空気はいいし、食材も安心だし、何より日本語環境に居るほうが言葉も話すようになるでしょう?!」
確かに、どちらの環境が良いかと聞かれれば、日本の田舎は子供が過ごすには良い環境なんですよね。
私の母が「娘が困っている時に支えるのが親の務め。」と言って私の再就職を支援してくれた事、それは、とても大きな支えになりました。

そして今、私と息子が離れ離れになって、4週間。3週間は夜になると隣に居るはずの息子が居ない。涙が自然と流れ睡眠不足も続きました。
毎日電話もして、まだ話せない息子に話し掛け返ってくる反応は、「んふーっふーっ」鼻息だけ。 まっ、それでも満足。
お祖母ちゃんと一緒に、近所のお友達と遊んだり、散歩へ行って美味しいものを沢山食べて元気に過ごしている様子。
私が一番思いもよらなかった事、それは、親離れを息子に願う前に、子離れができない自分の弱さを新たに気付かされた事です。 
1ヶ月も経っていないのに、どうしても会いたくて、今週末息子に会いに帰ります。会って、思いっきり抱きしめてまた仕事にも専念します。
→続く・・・


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母、上海で仕事する!<仕事復帰への道のり!:その1> [働く母]

ご無沙汰してしまいました!(m--m) この半年色々な事があり、息子もなかなか歩かないと思っていたのも束の間、GW明けには歩くようになり、お外遊びも大好きに。 828gで出生した事も忘れさせられるほど、順調に大きく育っています。 2歳児検診も問題なく、安心した途端、母である私に2年半振りに仕事の話が・・・。

育児にホッと一息、これから母親としてどう生きていくのか、色々悩んだ挙句、母親業だけでなく、自分の生きる道として仕事もする。その決断に至るまで3ヶ月、独身の時とは違い、子供を持つ母親が仕事をする。そこには、大きな問題が多いことが発覚。

先ず、この上海で共稼ぎをするという事。それは、この中国では日常多く見られ、子供はお祖母ちゃん、お祖父ちゃんが面倒をみてくれるのです。
または、託児所、アイさん(お手伝いさん)を利用する人も。
ただ、その託児所はローカルなので、外国人専用なんてありません。 子供は世界共通で言葉は通じなくても、何とかして遊べます。でも、母親が心配することは、衛生面、食べ物、子供を可愛がってくれるのか?色々不安が募るわけです。 あるローカルで歴史があるという託児所を見学させてもらった時の事、子供達が過ごす部屋にホーローのボールが3~4個床に横並びで置かれている、”んん???これは何?”
目が点に・・・・すると、「あー、これはトイレね」と、託児所のおばちゃん。
ひゃーー!普通に床に置いてある~~!!絶対息子は興味を持ってそのホーロー簡易トイレに手を伸ばし・・・・想像しただけで却下。 
やっぱり、自分の目が届かない場所に子供を預けるという事は、想像以上に神経質に考えてしまうんだ・・と実感。
日系の託児所もあるけど住む場所が遠いと送迎に時間がかかり、特に上海の通勤ラッシュは半端じゃありません。
また、アイさんに一日中預けるなんて、ほら、TVでよく子供を虐待とかっていう映像をみるとやはり親として心配で何してるか見えない、一日中家で遊ばせるのもカワイソウ。と、色々な問題が湧き出てくるものなのです。

2ヶ月の間、色んな託児所を見て周り、幼稚園という案もあったけど、上海のインター幼稚園では、2歳児から受け入れ可能です。でも、日本円で約7万円~10万円が平均の入園料。
日系幼稚園は、週2,3日の午前。或いは15時までなのです。
フルタイムのお母さんは、結局、どの選択にも一歩踏み出せないのが現状。

そこで悩み続けても、仕事復帰日は日々近付いているので、結局、私の選んだ道、それは私の両親、日本に居るお祖母ちゃん、お祖父ちゃんに少しの間面倒を見てもらう事だったのです。
日本、8月のお盆、息子も生まれた場所へ。
ひまわりが青い澄み切った空に向かって満開に咲いていました。 
              
お祖母ちゃんも、お祖父ちゃんも、そして何より私達家族3人がそれぞれ何か見えない不安を詰まらせたまま。
仕事復帰の第一日目の前夜に、母一人、飛行機に乗り込み上海へと戻ったのです。
<続き>


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ママ大好きなボク。
ママの物はボクの物。
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